長島さんではないが、初めて還暦を迎えることになり、多少戸惑っております。

健康な体に生んでくれた亡き両親に感謝するとともに、家族、先輩、同級生、後輩そして多くの友人たちからの大きな恩恵をいただいて、今まで生きてこられたのだという思いが、正直な感想です。

今年で医者になって34年になります。

弘前大学在職中は小児科の血液疾患、白血病、悪性腫瘍などを専門として診療してきました。

今から30数年前日本では小児の白血病などは、ほとんど助かることがないという惨めな状況でした。

しかし欧米ではすでに半数ほどが治癒するという報告が出されておりました。

我々もなんとか子供たちを助けたいと、新しい治療を取り入れ、全力を挙げて努力をしました。

今では一般的となり弘前大学小児科の得意分野にもなっている骨髄移植(造血幹細胞移植)も、、東日本では最も早い時期にスタートしました。
その結果それまでとは比較にならないほど多くの子供たちが、命の輝きを灯し続けることができました。

今では子の親となり、開業した私のところにも乳児健診や、予防接種、そのほか風邪を引いたとかで、子供を連れてきてくれる者も多く、医者冥利に尽きるとはこういうことなのかと実感することもしぱしばです。

しかしその一方、年端も行かず何も悪いこともしていないのに、この世を去らねばならなかった子供もまた多くおりました。
その子らに比べると私はなんと長い人生を与えられたのかと、感謝の気持で一杯になります。

私がここまで小児科医としてやってこられたことを振り返ると、忘れられない大切な言葉がいくつかあります。
それらを今後もエネルギー源として、子供たちを診てゆきたいと思います。

血へどをはくまで、血尿が出るほど勉強しろ
患者の頭を撫でても病気は治らない


昭和49年(1974年)医者としての第一歩が始まりました。

まだ医学的な基礎も無いに等しく、臨床医としての基本も無くほとんど白紙の状態での忘れえぬ言葉です。

当時の小児科教授は泉幸雄先生でした。

泉先生は第二次世界大戦に海軍軍医として出征した経験があるため、必死に努力をする必要をこのように表現されたのだと思います。

実際に勉強のし過ぎで血へどをはいたり、血尿が出た者はいなかったようですが、教室員は今思い出してもかなりまじめに勉強したと思います。
先生ご自身も教授室で遅くまで仕事をされておりました。

患者を救えるかどうかは医者の実力に依存するところが多く、ただやさしく子供の頭を撫でるだけでは、医者としての責任は果たせないということを叩き込まれたように思います。

その考えは泉先生の総回診にも現れており、主治医に真剣勝負の緊張感を感じさせるものでした。

病歴は必要な事項を網羅しているか、理学的所見はきちんと取れているか、それらと検査所見などを含め診断は適切なものか、治療方針はどのような考え方で立てたのか、そしてその治療は予想通りの効果を示しているのかなどを厳しく問われました。
近年のいわゆるEvidenceBasedMedicineを何十年も前にすでに実践されていたのだと思います。

倶学倶進

博士号取得のお礼に泉先生の部屋に伺った際、何か記念にとお願いして書いて頂いた言葉です。

最近は医学博士の肩書きに興味を示す人は急速に少なくなっているようです。
しかし30年前でもすでに「足の裏の米粒」と表現されておりました。取ったからといって何の役にも立たないが、取らなければ気持ちが悪いものという評価でした。

泉先生は私が学位論文の校閲をお願いした際、引用した文献をすべて揃えて持ってくるようにと指示されました。

数日後呼び出しがあり、「河内君の論文のここに引用してある“functional biopsy”という言葉は、文献のどこに書いてあるのか」と問われました。

私はきわめて多忙な泉先生が私の論文を本気で読んでくれたのだと確信しました。なぜならこの言葉は論文中最も大切なものだったからです。

この学位論文は日本小児科学会雑誌に投稿しましたが、複数のレビューアーからは、引用文献のスペルの間違いを一箇所指摘されただけで、そのまま掲載されました。

学位無用論が主流の時代になりましたが、私は今でも学位を頂いたプロセスには、医師として生きてゆくための心がまえを身につける大切なものがいくつも含まれていたと感じております。

私にとっては、「足の裏の米粒」ではありませんでした。私が色紙を持参して一筆書いていただこうと思ったのは、以前から泉先生の柔らかく、品格のある字が好きだったからです。

倶学倶進という言葉を書いていただいた際、

「学位をもらった以上は、河内君と私は同じ医学徒。ともに学び、ともに進んでゆく仲間です」

と言われました。

本当に身の引き締まる思いと、感激で目頭が潤んできたことは.忘れることができません。

ほかにも思い出に残る言葉もありますが、予定の紙面も尽きたのと、この二つで還暦後も頑張って行けそうなので、終わりといたします。

今後ともよろしくお願いいたします。

河内暁一

【弘前市医師会報 第317号掲載】

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