ゴルフが趣味の私にとってキャリーオーバーという言葉は、ひとホールひとホールで勝ち負けを争うスキンズマッチというゲーム方式で、勝敗のつかなかったホールの勝ち負けを、次のホールに持ち越す時に使われるものでした。小児科診療の領域にこの言葉が現れたのは約30年くらい前であったように記憶しています。

先天性の疾患を持ったまま成人になる、または小児期に発症し慢性の経過をたどり成人に達した時などに、疾患を持ちこすという意味で使われることが一般的です。振り返ると私が小児科医になった1974年当時は、今では助かる多くの小児疾患が不治の病でありました。その代表的な疾患の一つに血液腫瘍疾患があり、再生不良性貧血、重度の溶血性貧血、白血病を始めとする小児がんの子供たちが、病を克服して成人に達するのは極めてまれなことでした。しかし医学、医療の進歩により小児科医は、自分が治療に携わった患者さんが成人になるまで、またさらに長い間かかわり続けることが当たり前のようになってきました。患者さんも診断、治療、その後のフォローを続けてくれた主治医から、15歳または18歳、20歳の時点で転医を勧められると、不安を感ずるのが当然だと思います。またそのような患者さんをスムーズに次の医者にバトンタッチしてゆくシステムは、まだ確立されていません。そこで成人になった患者さんの主治医を小児科医が続けることが稀ではなくなり、そのこと自体をキャリーオーバーと表現することもあるようです。キャリーオーバーには長所もありますが、大きな欠点もあります。

昨年(平成24年)の年末に私が小児科医になってから37-38年係わってきた男性の患者さんが突然享年51歳で亡くなりました。最近は個人情報保護がかまびすしいが、今回は医学的な症例提示という形で、個人(故人)情報への配慮は意識したうえで述べさせてもらいます。

その患者さんの病名はヘモグロビンHirosakiと言います。この病名を聞いてすぐにどのような病気か理解できる方は少ないと思います。溶血性貧血の一つに不安定ヘモグロビン症というものがあります。ヘモグロビンHirosakiはヘモグロビンのヘムを結合している二本のグロビン鎖のうち、α鎖の43番目のフェニルアラニンがロイシンに置換したものです。この患者さんはいつも軽度の貧血と黄疸がありますが、いわゆる代償性溶血性貧血で輸血を必要とすることはありませんでした。風邪で熱を出した時など急に溶血が強く起り、輸血直前ということはありましたが、鉄剤投与で何とか回復するといった状態でした。

故横山先生が溶血の病因をつきとめようと熱心に研究をされており、まだペーペーの私も赤血球の解糖系酵素活性を何種類も測定したり、赤血球膜の脂質分析を行ったり、ヘモグロビンの電気泳動、熱変性試験、イソプロパノール試験など多くの検査のお手伝いをしました。検査の為採血をするのも私の係りでしたので、患者さんには吸血鬼のように思われていたかもしれません。

現在のようにヘモグロビン遺伝子の塩基配列を直接調べるなどということはできず、何年もかかった末、山口大学の大庭先生に依頼してα鎖のアミノ酸置換が判明し、ヘモグロビンHirosakiと命名されました。その後同じ異常が数家系に見つかりましたが、世界初の症例でした。以前は発見された土地の名前がつけられた病名でしたが、その後多くのヘモグロビン異常症が見つかったため、現在はヘモグロビンHirosakiという名前では血液学の教科書には見当たらないようです。

私が初めて会った時には小学生であった患者さんは、身長が180cm程になり高校を卒業して社会人になってからも大学病院小児科血液外来を受診しておりました。私が外来を担当する時に採血をしたり、風邪薬を出したり、鉄剤を出したりすることもありました。

私が大学から弘前市内で開業することになり、この患者さんが結婚して子供が生まれたことと、住居が近かったこともあるのか、風邪をひいたときなどにはまず私のところを受診するようになりました。当時患者さんは30歳でした。たびたび扁桃炎になり、気管支喘息もあるため毎月のように顔を出していました。子供の頃から診ていたことで、30歳の成人を診ているという違和感はほとんどありませんでした。伝染性紅斑(パルボウイルスB-19感染症。俗称リンゴ病)に罹患した際はAplastic  crisis を起こし、入院して輸血が必要な状態になりました。この患者さんを内科に紹介するのは、これまでの厖大な経過を説明しなければならないし、頼まれる方も大変だろうということで例外的に弘前大学小児科病棟に入院してもらったこともありました。

35歳頃から体重が95-100kgと肥満が進行し、もともとの扁桃肥大に伴う睡眠時無呼吸症候群、脂肪肝による肝機能障害、高脂血症、季節の変わり目の喘息発作と心配な状態が見られるようになりました。幸いにも貧血はヘモグロビン8-10g/dl程度であり、輸血はせずに日常生活は維持可能な程度でした。

40歳になった頃、世の中の不景気の影響で彼の仕事がうまくゆかなくなり、病院を受診することが明らかに減ってきました。受診する時はかなり具合が悪く、「こんなに無理をすると死んでしまうよ!」と忠告することが多くなりました。耳鳴りや、めまいを訴え弘前市立病院でCT検査を受けてもらったことなどもありました。平成17年頃(44歳頃)からほとんど受診しなくなりました。3年ぶりに受診した時には、近医で風邪と言われたがあまりに具合が悪くてとのことで、診察するとインフルエンザだったこともありました。喘息発作も時々あったようですが、近くの内科を受診するとパルスオキシメーターの酸素飽和度が80%しかなく、「死んでいる値だよ!」と言われたなどと、本人は笑って伝えてくれたこともありました。ヘモグロビン異常症では酸素飽和度の値が異常に低く出るため、低酸素血症の診断にパルスオキシメータ―は全く役に立たないということは、ご存じない先生がほとんどだと思います。そんな様子で、カルテを見ると平成24年は1月、6月、11月に吸入ステロイド剤をもらいに来ておりました。顔を合わせたのはそのうち1回でした。(保険診療上は無診察投薬に当たるのかもしれませんね!)50歳近くになり、さすがに小児科医のところには受診しづらく感じていたのかもしれません。

平成25年1月3日私は弘前市医師会急患診療所の日直でした。朝10時前に着いて新聞を見ると、この患者さんの名前が載っており12月31日に死亡したと書いてあり大変驚きました。新聞記事によると1月4日が葬儀と書いてありました。翌日新年初日の診察を終えて、昼の時間に初めて近くのお宅を訪ねました。12月28日頃からノロウイルス感染症と思われる胃腸炎にかかり、具合が悪く家で寝ていたところ、12月31日突然意識がおかしくなり救急車で市内の病院へ収容されたようです。しかし容態が重くさらに弘前大学高度救急救命センターへ転送されたが、残念ながら回復せず死亡したとのことでした。後日救急救命センターの担当医から電話があり経過を伝えていただきました。剖検は家族から了承されなかったので、急な死亡の原因は不明だがCT所見からは心筋の肥厚が著明だったとのことでした。この話を聞きながら、この患者さんは典型的なメタボリック症候群で、肥満、高脂血症、脂肪肝などがあるのに、高血圧はなかったことを思い出しました。日常の息切れを肥満の為かと思っていましたが、もしかすると心筋症とか、軽度の動脈弁閉鎖不全とかによる心拍出量の低下があって、血圧が上がらなかったことに私が気付かなかったのかと思いました。また時々診てもらう内科の先生も、そこまで細かくは診ていなかったのかもしれません。

とにかく衝撃的な出来事でした。

このことがあり、私が大学時代から今まで何らかの関わり合いを持っている成人の患者さんの数を数えてみました。40人以上になります。なかには今も定期的に薬を出している患者さんもおります。今回キャリーオーバーの患者さんを亡くしてしまったことで、今後は成人の患者さんにどのように対処するのがベストなことなのかを、深く考えるようになりました。

2歳で急性リンパ性白血病を発症し初回寛解を維持している、現在29歳の男性がおります。治療の最初(弘前大学小児科へ入院した際の病気の説明)から化学療法、その後の外来でのフォローもすべて私が担当してきた患者さんです。結婚して子供が3人おりますが、最近メタボが著明になってきました。これから20年30年ときちんとした指導管理が必要ですが、私の年齢から考えて責任を持つことは無理です。患者さんは渋りましたが、先日現在40代の信頼できる内科医に詳しい経過を説明して診てもらうことにしました。

赤ちゃんの時から診ていた患者さんは、大きくなって、成人になっても小児科医が面倒を見てゆくのがよいという考え方があります。しかし実際は極めて難しいものだと思います。

特に女性を思春期、結婚、妊娠という長いスパンで診てゆくのは小児科医の範囲を完全に超えているでしょう。当たり前ですが理念、理想と現実は違うようです。

前述の昨年12月31日に急死された患者さんの奥さんと息子さんの嫁とが、今年1月に生まれた元気な男児を連れて先日病院に来てくれました。予防接種の予定を立ててほしいとのことでした。初孫の顔を見ることなく亡くなった彼の無念さが再び胸に込み上げました。

奥さんが「孫は生まれるまで女の子だと言われていたが、生まれたらなんと男の子だったのでみんなびっくりした。本当に生まれかわりみたい」と話してくれて、今後この子をよろしくとのことでした。これも広い意味でのキャリーオーバーなのかもしれません。

小児科医とキャリーオーバーについて、あらためて考えさせられる事例を経験したので書いてみました。

平成25年6月 青森県小児科医会会報(15号)に掲載